
こんにちは!みなさんは鍼灸の施術を受けたことがありますか?
私が初めて鍼灸を受けたのはもう10年以上前になります。腰痛になり、二つの病院で診てもらっても何ともないと言われ、でも痛みは続き、とうとう車に長く座っていることもできなくなり、鍼灸院に行って鍼をしてもらいました。
数ヶ月の間痛くて、長く座っていることも立っていることもできなかったのですが、鍼をした次の日になると痛みが和らいており、二回の施術で腰痛が治ってしまいました。
それが私の初めての鍼灸体験です。不思議ですよね。病院に行っても治らなかった腰痛が、どうして鍼灸をすることで治ってしまったのでしょうか?
今回は「なぜ鍼灸は効くのか?」という問いについて、科学的視点でみていきたいと思います!
鍼灸適応疾患
まず、鍼灸がどのような疾患や症状に効果があるのかをみていきましょう。
運動器系疾患
肩こり、五十肩(肩関節周囲炎)、腰痛、ぎっくり腰(急性腰痛)、関節痛(膝関節症、変形性関節症、リウマチなど)、頚椎症、むち打ち症、腱鞘炎、捻挫など
神経系疾患
頭痛、坐骨神経痛、肋間神経痛、顔面神経麻痺、顔面痙攣、三叉神経痛、痺れ、手足の感覚異常など
消化器系疾患
胃痛、胃もたれ、消化不良、便秘、下痢、過敏性腸症候群、胃炎、胃潰瘍、逆流性食道炎など
呼吸器系疾患
喘息、気管支炎、アレルギー性鼻炎、副鼻腔炎、風邪の予防、喉の痛みなど
婦人科系疾患
生理痛、生理不順、月経前症候群(PMS)、更年期障害、不妊症、逆子治療など
精神・神経系疾患
自律神経失調症、不眠症、睡眠障害、ストレス、うつ症状、不安神経症など
循環器系疾患
高血圧、低血圧、動悸、息切れなど
皮膚科系疾患
アトピー性皮膚炎、蕁麻疹、痒みなど
眼科・耳鼻咽喉科系疾患
眼精疲労、ドライアイ、めまい、耳鳴り、突発性難聴など
鍼灸は腰痛、肩こり、五十肩などの運動器系疾患に効果があることはみなさんもよくご存知かと思いますが、実はそれ以外にも上記のように、多くの疾患に効果があることが認められています。
今回のブログでは「痛みと鍼灸」についてお伝えしていきます。
痛みとは
「痛み」とは、組織の損傷や異常を感知し、脳がそれを不快な感覚として認識する生理的現象です。痛みは単なる感覚ではなく、身体の防御反応や危険信号として重要な役割を果たします。
「痛み」は生命を脅かすような事象が身体に生じたことを伝える重要な役割を持っているので「生体の警告信号」とも呼ばれています。
国際疼痛学会は、痛みを次のように定義しています。
「実際の組織損傷もしくは組織損傷が起こりうる状態に付随する,あるいはそれに似た、感覚かつ情動の不快な体験」
つまり、痛みは単なる物理的刺激だけでなく、心理的要因や個人の経験にも影響を受ける主観的な体験であるということです。
痛みの種類
痛みは大きく分けて侵害受容性疼痛・神経障害性疼痛・侵害可塑性疼痛の3つに分けられています。
侵害受容性疼痛
神経組織以外の体の組織が損傷したときに発生する痛みで、一般的な痛みの多くがこれに該当します。この痛みは、痛みを感じるセンサー(侵害受容器)が刺激されることで発生します。
神経障害性疼痛
神経が損傷したり、異常な興奮状態になることで生じる痛み。このタイプの痛みは、通常の侵害受容性疼痛と異なり、痛みの原因がはっきりしない場合が多く、治療が難しいことがあります。
侵害可塑性疼痛
明確な組織損傷や神経障害がないにもかかわらず、痛みが持続する状態を指します。ストレスや不安、過去の痛みの記憶が関係しているとされています。これは、痛みの伝達システムに異常が生じ、脳や脊髄が「痛みを感じやすい状態」に変化することで発生します。脳が「痛い」と認識することで発生する痛みであるため、心理的な影響を受けやすいのが特徴です。
痛みのメカニズム ー痛みが伝わる仕組みー
痛みの種類は3つありますが、そのうちの侵害受容性疼痛のメカニズムについてお伝えします。
1. 痛みの受容
体には、侵害受容器(痛みを感じるセンサー)が皮膚や筋肉、内臓に分布しています。これらの受容器が熱・圧力・化学物質(炎症物質など)によって刺激されると、痛みの信号が発生します。
2. 痛みの伝達
痛みの信号は、末梢神経 → 脊髄 → 脳へと伝わります。
具体的には、次の経路をたどります。
1)侵害受容器が刺激を受ける(皮膚や筋肉)
2)Aδ線維(鋭い痛み)またはC線維(鈍い痛み)を通じて脊髄後角に送られる
3)脊髄を通り、視床(脳の中継点)へ送られる
4)視床から大脳皮質(痛みの認識)へ伝達
3. 痛みの認識と反応
脳が「痛い」と認識すると、以下のような生理反応が起こります。
- 反射的な動き(手を引っ込める、体を硬直させる)
- 交感神経の活性化(血圧上昇、心拍数増加など)
- ストレスホルモン(コルチゾールなど)の分泌
痛みと鍼灸
痛みについてみてきましたが、この痛みを感じる「痛覚」という感覚は、順応しないという特性を持っています。
「順応」とは、例えば、同じ香水をずっと使い続けていると、嗅覚はその匂いに順応して、その香水の香りに鈍感になっていき、自分では匂いを感じにくくなっていきます。これが順応ですが、痛覚にはそのような順応がありません。
ですから、持続的な痛みというのは生体に好ましくない反応を引き起こします。しかし一方で、生体内には痛みによる有害反応を軽減する仕組みが存在しています。
それを内因性痛覚抑制系と呼んでいます。そしてこれは全身性鎮痛、脊髄分節性鎮痛、末梢性鎮痛の3つに大別することができます。
痛み刺激と同じ侵害刺激である鍼灸に効果がある理由は、これらの鎮痛作用と関係していると考えられています。
全身性鎮痛
1. 下行性疼痛調節系と内因性オピオイド
下行性疼痛調節系とは、脳から脊髄に向かって痛みを調節する神経回路のことです。このシステムにより、必要に応じて痛みの強さが調節され、過剰な痛みを感じないように制御されます。
内因性オピオイド(βーエンドルフィン・エンケファリン)とは、体内で自然に作られるオピオイド様物質であり、痛みの抑制・ストレス応答・快楽・感情調節などに関与する神経伝達物質の一種です。
これらの物質はオピオイド受容体に結合して作用し、モルヒネのような鎮痛・多幸感作用を発揮します。
上記のことを大まかに理解した上で、下行性疼痛調節系について詳しくみていきましょう。
1) 下行性疼痛調節系の賦活
痛みのない状態では、下行性疼痛調節系はGABA作動性ニューロンにより抑制されています。
GABA作動性ニューロンとは、神経伝達物質のGABA(γ-アミノ酪酸)を放出する抑制性の働きを持つニューロンのことで、主に神経の興奮を抑え、脳のバランスを調整する役割を持っています。
そして、内因性オピオイドがこのGABA作動性ニューロンを抑制することで、下行性疼痛調節系が賦活します。その賦活には主に二つの経路があります。
(1) βーエンドルフィン放出経路
①痛み信号は侵害受容ニューロン(無髄C繊維、有髄Aδ繊維)を介して脳の視床下部に到達する。
②視床下部弓状核のβーエンドルフィン作動性ニューロンが中脳水道周囲灰白質(PAG)にβーエンドルフィンを放出する。
③βーエンドルフィンが中脳水道周囲灰白質(PAG)のGABA作動性ニューロンを抑制する。
(2) エンケファリン放出経路
①痛み信号を伝導する上行路(末梢から脳へと感覚情報(痛み・温度・触覚など)を伝える神経回路のこと)により中脳水道周囲灰白質(PAG)が直接興奮する。
②中脳水道周囲灰白質(PAG)のエンケファリン作動性ニューロンがエンケファリンを放出する。
③エンケファリンがGABA作動性ニューロンを抑制する。
2) 下行性疼痛調節系による痛み信号の抑制
βーエンドルフィンやエンケファリンによって中脳水道周囲灰白質(PAG)のGABA作動性ニューロンが抑制されると、PAGに存在するグルタミン酸作動性ニューロンが以下のそれぞれのニューロンを興奮させます。
・ 橋の青班核(LG)にあるノルアドレナリン作動性ニューロンを興奮させて、脊髄後角にノルアドレナリンを放出。
・延髄の大縫線(NRM)にあるセロトニン作動性ニューロンを興奮させて、脊髄後角にセロトニンを放出。
そして、脊髄後角に放出されたセロトニンやノルアドレナリンは、痛みの信号を伝える侵害受容ニューロンのシナプス伝達を阻害することで、脳へ伝わる痛み信号が阻害し鎮痛を生じさせます。
*ノルアドレナリンは主に交感神経節後ニューロンの神経伝達で、セロトニンは血管収縮、血小板凝集、腸管蠕動運動などに関与しますが、下行性疼痛調節系においては抑制性の神経伝達物質として作用します。
3) 内因性オピオイド
上記で軽くお伝えした内因性オピオイドは、モルヒネ様の薬理作用をもち、オピオイド受容体に結合する物質の総称です。そして、生体内で合成されるオピオイドを内因性オピオイドと呼びます。つまり、体内で作られる「天然のモルヒネ」であり、痛みの抑制・快楽・ストレス耐性に関与しています。
主に、βーエンドルフィン、エンケファリン、ダイノルフィンがあります。
また、オピオイドが結合する受容体をオピオイド受容体と言いますが、オピオイド受容体がオピオイドと結合すると、痛みの制御や快楽、免疫調節に関与します。
オピオイド受容体の拮抗薬の一つにナロキソンというものがあります。これは、オピオイド受容体に結合し、オピオイドの作用を阻害します。つまり、ナロキソンはオピオイドの持つ鎮痛作用の発現を減弱したり消失させてしまいます。
ナロキソンによって鍼鎮痛が抑制されることが分かっていることから、鍼鎮痛には内因性オピオイドが関係していることが明らかとなっています。
*内因性オピオイドについては、末梢性鎮痛のところでも述べているので参考にして下さい。
4) 下行性疼痛調節系と鍼灸
下行性疼痛調節系と鍼灸の関係を簡単にまとめると、鍼灸による侵害刺激がβーエンドルフィンやエンケファリンという内因性オピオイドを放出させ、それらが脊髄後角にノルアドレナリンやセロトニンを放出させることで、痛み信号が脳に届くのを阻害し、痛覚の抑制または鎮痛が起こるということです。
ちなみに、侵害刺激は必ずしも痛みを感じなければならないものではなく、侵害受容ニューロンを興奮させるような刺激であれば、痛みの有無に関係なく下行性疼痛調節系は賦活されるようです。
2. ストレス誘発鎮痛(Stress-Indued Analgesia, SIA)ー内分泌系による鎮痛ー
これは身体的および心理的ストレス負荷により発現する鎮痛機構のことです。つまり強いストレスや危機的状況下などで痛みの感覚が一時的に低下する現象のことで、生体がストレスに適応し、適切な行動を取るための防御的な仕組みです。
例えば:スポーツ選手が試合中に怪我をしても気づかない。戦場の兵士が負傷しても戦闘中は痛みを感じにくい。危機的状況から逃げる際に傷の痛みを感じない。などです。
鍼灸刺激は、生体にとって一種のストレスであり、ストレス誘発鎮痛と同様の機序により鎮痛効果を得ていると考えられています。
1)ストレス誘発鎮痛のメカニズムと種類
ストレスによって痛みの知覚が抑制されるメカニズムはいくつかあり、大きく分けて以下のようなものがあります。
(1) オピオイド系によるSIA
- 脳内でエンドルフィンやエンケファリンといった内因性オピオイドが放出されることで、痛みが和らぐ。
- 内因性オピオイドはモルヒネのような作用を持つため、特に強いストレス時に働く。
- ラットや人間の実験では、ナロキソン(オピオイド受容体拮抗薬)を投与するとSIAが抑制されることが確認されている。
(2)非オピオイド系によるSIA
- カンナビノイド(内因性カンナビノイド系)やモノアミン(ノルアドレナリンやセロトニン)が関与する。
- ランナーズハイ(長距離走行後の多幸感と鎮痛作用)なども関係する。
- オピオイド系とは異なり、ナロキソンを投与してもSIAが抑制されない。
*カンナビノイド(Cannabinoids)とは、カンナビス(大麻)に含まれる化学成分や、体内で生成される類似の化合物(内因性カンナビノイド=エンドカンナビノイド)のことを指します。カンナビノイドは主に脳や神経系に作用し、痛みの調整、気分、食欲、記憶などに関与しています。
(3)下行性疼痛調節系の活性化
上記で説明した下行性疼痛調節系もストレス誘発鎮痛の一つです。
- ストレス時に、中脳水道周囲灰白質(PAG)や脳幹の青斑核(ノルアドレナリン系)が活性化し脊髄後角における痛覚伝達を抑制する。
- オピオイド系と非オピオイド系の両方が関与する可能性がある。

内因性オピオイドや下行性疼痛調節系については、鍼灸との関連が研究されていますが、エンドカンナビノイドについては鍼灸との関連性が示唆されてはいますが、直接的な因果関係を明確に示す研究はまだ限られているようなので、ここでの説明は控えさせて頂きます。
鍼灸の教科書にも載っていないので、きっと大麻成分と関係していることもあり、法律などいろいろ絡んでくるので、あまり公に出せないのかなぁと思いました。
でも、近年ではCBDオイルなんてものも販売していて、日本の病院でも治療に使っているところもあるようです。カンナビノイドは主に脳や神経系に作用し、痛みの調整、気分、食欲、記憶などに関与しているので、様々な疼痛や精神疾患、自己免疫疾患などいろいろな疾患に効果があるようです。
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2)視床下部ー下垂体ー副腎皮質系(HPA軸)
ストレス誘発鎮痛のメカニズムの一つにHPA軸というものがあります。
HPA軸(Hypothalamic-Pituitary-Adrenal axis)は、視床下部(Hypothalamus)-下垂体(Pituitary gland)-副腎(Adrenal glands)の3つの器官が連携してストレス応答やホルモン調節を行うシステムのことです。
HPA軸は主にストレス時に活性化され、体を適応させるためにホルモンを分泌します。
(1) ストレスを受ける
ストレスは侵害受容ニューロン(無髄C繊維、有髄Aδ繊維)を介して脳の視床下部に到達する。
(2)視床下部がCRH(副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン)を分泌
CRHが下垂体にACTH(副腎皮質刺激ホルモン)を放出するよう信号を送る。
(3)下垂体がACTH(副腎皮質刺激ホルモン)を分泌
ACTHが分泌されて、副腎を刺激する。
(4)副腎が副腎皮質ホルモン(コルチゾール)を分泌
副腎皮質ホルモンの一種であるコルチゾールはストレスへの適応を助けるストレスホルモン。
コルチゾールの働き
- 肝臓で糖をつくり出す
- 筋肉でたんぱく質を代謝する
- 脂肪を分解して代謝促進をする
- 体の炎症はアレルギーを抑える
このように血圧や血糖を上げて身体にエネルギーを供給し、脳や筋肉などの活動を活発にして、ストレスに対抗するために必要な準備を整えます。また、コルチゾールが脳や脊髄で抗炎症作用・鎮痛作用を発揮します。(これは非オピオイド系SIAです。)
(5)脳のネガティブフィードバック機構
コルチゾールの濃度が上がると、視床下部と下垂体がCRH・ACTHの分泌を抑制し、HPA軸を調整します。これは、脳が過剰な活動を抑制し、一定のバランスを保つための調節メカニズムのことで、生理的なホメオスタシス(恒常性)を維持するために重要な役割を果たしています。
(6)下垂体からβ-エンドルフィンが分泌(オピオイド系鎮痛)
HPA軸の活性化と並行して、ストレスを受けた際には下垂体からβ-エンドルフィンが分泌されます。(3)で下垂体が副腎皮質刺激ホルモンを分泌すると同時に、下垂体からβ-エンドルフィンも分泌されています。そして、β-エンドルフィンが脳や脊髄でオピオイド受容体に作用し、鎮痛効果を発揮します。(これはオピオイド系SIA)
β-エンドルフィンの鎮痛作用
- オピオイド受容体(μオピオイド受容体)を活性化し、脳や脊髄で痛みの伝達をブロック。
- モルヒネと同様の作用で、強力な鎮痛効果を発揮。
- 多幸感やストレス耐性を向上し、不安や恐怖を軽減。
特に、β-エンドルフィンはストレスを受けた直後に即座に分泌され、素早い鎮痛効果をもたらします。これにより、ストレス状況でも痛みを感じにくくなり、適切な行動を取ることができます。
(7) コルチゾールとβ-エンドルフィンの相互作用によるストレス誘発鎮痛
ストレス時には、β-エンドルフィンが即座に痛みを抑え、コルチゾールが長期的に炎症を抑えて鎮痛をサポートするという二重の鎮痛システムが働きます。HPA軸はオピオイド系と非オピオイド系の両方に関与していることがわかります。
2)交感神経ー副腎髄質系(SAM軸)
SAM軸(Sympatho-Adreno-Medullary axis, 交感神経-副腎髄質軸)は、ストレス時に交感神経が活性化し、副腎髄質からアドレナリンやノルアドレナリンのストレスホルモンが分泌され、「闘争・逃走反応(Fight or Flight)」を引き起こす神経内分泌系の一部です。これも非オピオイド系のSIAになります。
これはHPA軸と並んでストレス応答の中心的な役割を果たし、特に急性ストレス(短時間で強く働くストレス)に対する即時反応を担います。
ストレスを受けると、SAM軸が活性化し、交感神経を介して副腎髄質からカテコールアミン(アドレナリン、ノルアドレナリン)が分泌されます。その流れを詳しく見ていきます。
(1)ストレスを感知
ストレスの信号が侵害受容ニューロン(無髄C繊維、有髄Aδ繊維)を介して脳の視床下部に到達する。
(2)交感神経の活性化
視床下部からの信号が、脊髄を通じて交感神経節および副腎髄質に伝わる。
(3)副腎髄質からのカテコールアミン分泌
交感神経は、副腎の内部にある副腎髄質を刺激。副腎髄質はアドレナリンとノルアドレナリンのストレスホルモン分泌し、血中に放出する。
(4)体の変化(闘争・逃走反応)
アドレナリン・ノルアドレナリンの作用による急性ストレス応答
- 心拍数・血圧の上昇 → 血流を増やし、筋肉へ酸素を供給。
- 気道拡張 → 呼吸がしやすくなり、酸素摂取量が増加。
- 血糖値の上昇 → 肝臓でグリコーゲンが分解され、エネルギー供給が増加。
- 消化器・免疫機能の抑制 → エネルギーを節約し、戦う・逃げるためにエネルギーや血流を重要な器官や組織に優先的に配分。
- 筋肉の活性化 → 迅速な行動をとる準備が整う。
この一連の流れにより、体は素早くストレスに対処できるようになります。
(5)SAM軸と鎮痛の関係
SAM軸の活性化により、以下の鎮痛メカニズムが働きます。
ノルアドレナリンによる下行性疼痛調節系の活性化
- 交感神経の活性化により、脳幹の青斑核(LC: Locus Coeruleus) からノルアドレナリンが放出
- ノルアドレナリンは下行性疼痛調節系を活性化
- 下行性疼痛調節系が脊髄後角の痛覚伝達を抑制し、鎮痛作用を発揮
アドレナリンは大量に分泌されると、痛みを感じるセンサーである感覚器が一時的に麻痺状態になって鎮痛が起こります。
3)ストレス誘発鎮痛と鍼灸
鍼灸刺激が侵害刺激と認識され、HPA軸やSAM軸によって鎮痛がもたらされる一方で、鍼灸刺激はHPA軸やSAM軸の過剰な活動を和らげる作用があります。
HPA軸は一時的なストレスに対処するためなら体に有効に働きますが、過剰なストレスを受け続け、HPA軸がずっと活性化したままの状態が続くと、コルチゾールの分泌が慢性的に高くなり、糖尿病や肥満などの生活習慣病、不眠症やうつ病などの精神疾患などの一因となり、逆に体には負の影響が及びます。
しかし、鍼灸にはこうしたHPA軸の過剰な活動を和らげる作用があることが分かっています。
『東洋医学はなぜ効くのか』著者:山本高穂・大野智(講談社)の本には次のような実験結果が書かれてありました。
アメリカで行われた、寒冷ストレス状態にしたラットを用いた実験では、両足の足三里のツボへの鍼刺激が、脳の視床下部でCRHを分泌する神経の活動を抑制してHPA軸の活動を低下させ、ストレスホルモンの分泌を抑えるというメカニズムが確認されています。(中略)
うつ病状態のラットの頭のてっぺん付近にある百会というツボに円皮鍼と呼ばれる鍼を取り付け、ストレス症状の変化を調べました。(中略)この円皮鍼を1日間貼り続けたラットでも、副腎皮質ホルモンの分泌が低下し、活性化したHPA軸のはたらきを抑制することがわかったのです。
また、SAM軸についても、詳しいメカニズムはまだ解明されていませんが、鍼灸刺激の強さによって、このSAM軸を活性化させたり、抑制させたりすることが分かっています。
以下、『東洋医学はなぜ効くのか』著者:山本高穂・大野智(講談社)から引用しています。
皮膚への痛みが生じるような強い刺激によって交感神経が活発化し、副腎髄質でアドレナリンとノルアドレナリンの2つのホルモンが分泌する一方、なでるなどのやさしい刺激では、交感神経の活動が低下し、2つのホルモン分泌が抑制されることが示されています。
3. 広汎性侵害抑制調節(DNIC:Diffuse Noxious Inhibitory Controls)
広汎性侵害抑制調節(DNIC)とは「ある痛みを別の痛みが抑制する現象」のことを言います。
これは、脳と脊髄が痛みを調整する生理的な仕組みであり、「痛みが痛みを抑える」というものです。ただ、その鎮痛効果は刺激期間中に限られる特徴があります。
1)痛みが痛みを抑える仕組み
DNICは、脊髄と脳幹のネットワークを介して痛みのシグナルを抑制することで起こります。
(1)「痛みが痛みを抑える」仕組み
- 体のある部位(A)に痛み刺激が加わると、その情報は脊髄後角 → 視床 → 大脳皮質へ送られる。
- 同時に、別の部位(B)に強い痛みが加わると、脊髄後角から背側網様亜核(SRD)へ送られ、SRDは脳幹の尾側腹内側延髄(RVM)や青斑核と連携し、セロトニン作動性・ノルアドレナリン作動性の下行性疼痛調節系を活性化し、(A)の痛みを抑制する。
- この結果、元々の痛み(A)が軽減される。
(2)関与する神経伝達物質
DNICには以下の神経伝達物質が関与しています。
- エンドルフィン:鎮痛作用を持つ内因性オピオイドが放出され、痛みを和らげます。
- セロトニン:脳幹のセロトニン神経系が活性化し、痛覚抑制を促進します。
- ノルアドレナリン:脳幹の青斑核が関与し、鎮痛を強化します。
2)広汎性侵害抑制調節(DNIC)と鍼灸
広汎性侵害抑制調節(DNIC)は侵害刺激である鍼灸刺激でも生じます。例えば、手や足のツボに鍼を打つと、腰痛や肩こりが改善されるというように、遠隔部の鍼灸施術による鎮痛機序の一つと考えられています。
脊髄分節性鎮痛
次は内因性痛覚抑制系の脊髄分節鎮痛についてみていきましょう。
ゲートコントロール理論
1) 概要
ゲートコントロール理論(Gate Control Theory)は、痛みの知覚が単に末梢神経からの刺激の強さによるものではなく、脊髄レベルで調節されるという考え方に基づく理論です。1965年にロナルド・メルザック(Ronald Melzack)とパトリック・ウォール(Patrick Wall)によって提唱されました。
簡単にいうと、触覚や圧覚を伝えるAβ線維が刺激されると、痛みを伝えるAδ線維やC線維のシグナルを抑制し、痛みの感じ方が軽減されるという理論です。
小さい頃に、転んだりして膝などを打って泣いていると、大人が「痛いの痛いの飛んでけ」と言って、痛い部分をさすってくれて、痛みが軽減したという経験はありませんか?
そのメカニズムを説いたのがこの理論です。
2) 痛みの伝達経路
痛みの刺激は末梢の侵害受容器によって感知され、Aδ線維(鋭い痛み)またはC線維(鈍い痛み)を通じて脊髄後角(特に「膠様質(SG)」と呼ばれる領域)を経由して脳に伝えられます。
膠様質(SG)は、痛みや温度の情報を中枢神経系に伝えるだけでなく、その情報を調節・制御する役割を持っていて、痛みの感受性や伝達の抑制に重要な役割を果たしています。
膠様質には主に3種類の神経細胞があります。
- 興奮性ニューロン:グルタミン酸作動性ニューロンが含まれ、痛みや温度感覚の情報を脳へ送る役割を持つ。
- 抑制性ニューロン:GABA(γ-アミノ酪酸)作動性ニューロンやエンケファリン作動性ニューロンが含まれ、痛みの伝達を抑制する役割を持つ。
- 投射性ニューロン:情報を送る神経細胞であり、脳幹や視床などの中枢へ痛みの信号を伝える。
先ほどもお伝えしたように痛みを伝達する神経線維にはAδ線維とC線維が関与しており、それぞれ異なる特性を持っています。Aδ線維は細い有髄線維であり、比較的速い速度で鋭く局在化された痛みを伝達し、一方、C線維は無髄であり、伝達速度が遅く、持続的で鈍い痛みを伝えます。
そして、Aβ線維というものもあって、これは触覚や圧力の感覚を伝える太い有髄線維で、伝達速度がとても速いです。Aβ繊維は通常痛みの伝達には関与しないのですが、ゲートコントロール機構を介して痛みを抑制する働きを持っています。
このAβ線維の活動が増加すると、痛みの伝達が抑制されることが知られています。
3)ゲートコントロール理論とは
ゲートコントロール理論の中心概念は、「痛みの信号が脊髄のゲートによって調節される」というものです。このゲートの役割を果たすのが、脊髄後角に存在する膠様質(SG)です。
痛みの信号が脊髄に到達すると、ゲートが開いている場合にはその信号が脳へと伝達され、痛みとして知覚されます。しかし、ゲートが閉じている場合には、痛みの信号の伝達が抑制され、痛みが弱く感じられるか、完全に遮断されます。
このゲートの開閉は、以下の要因によって制御されます。
ゲートを開く要因(痛みを強く感じる)
- C線維やAδ線維による強い侵害刺激
- ストレス、不安、恐怖などの心理的要因
- 痛みに対する注意の集中
ゲートを閉じる要因(痛みを弱く感じる)
- Aβ線維の活性化(触覚や圧力の刺激)
- リラックスや安心感
- 気を紛らわせる行動や注意の分散
このメカニズムを説明する例として、上記でもお伝えした「痛い部分をさすると痛みが和らぐ」現象が挙げられます。これは、Aβ線維が活性化し、脊髄後角の抑制性介在ニューロンを刺激することで、C線維やAδ線維による痛みの伝達が抑制されるためです。
これがゲートコントロール理論です。
4)下行性疼痛調節系との関係
また、ゲートコントロール理論は、脊髄レベルでの調節のみならず、脳からの下行性疼痛調節系とも関係していると考えられています。
侵害刺激によって脳幹の中脳水道周囲灰白質(PAG)が興奮し、延髄の縫線核(RVM)や橋の青班核(LG)から下行性の神経経路が働き、セロトニンやノルアドレナリンを介して脊髄レベルでの痛みの伝達を抑制しています。
脊髄後角にある神経細胞には、内因性オピオイドの受容体が数多く存在しています。このシステムは、内因性オピオイドによる鎮痛作用とも密接に関連しており、ゲートを閉じる働きを強化しているとも考えられています。
5)ゲートコントロール理論と鍼灸
鍼灸治療には「接触鍼」という施術方法があり、小児鍼はまさにこれを代表しています。しかし小児鍼に限らず、近年では体力のない人が多く、このような体質の人には刺鍼をせず鍼先を皮膚に触れるだけの施術を行ったり、鍼ではなく、鍉鍼というものやローラー鍼というものを使用することもあります。


これらは皮膚を優しく圧迫したり、さするという刺激によってAβ神経繊維が活発化し、痛みの伝達ゲートを閉じていると考えられます。
昔の人々がゲートコントロール理論を知っている訳もなく、ただ、さすったり、撫でたりすると痛みが緩和するということを経験から学び、これらの鍼を作って、使用していたのでしょうね。

また、近年の研究で、熱刺激や痛みを伝えるC繊維の中に触刺激を伝える「低閾値C繊維(C-LTMR,C Low-Threshold Mechanoreceptors)」というものがあることが分かっています。
これは、C線維の一種であり、侵害刺激(痛み)ではなく、低閾値の機械的刺激(主に触覚)を伝達する神経線維で、通常のC線維(侵害受容C線維)は無髄で痛みや熱などの有害な刺激を伝達するのですが、C-LTMRは優しくなでられるような穏やかな触覚刺激を感知し、快適な感覚を引き起こすと考えられています。
C-LTMRは主に快適な触覚(快触覚)を伝達する役割を持ち、情動的な触覚の処理に関与しています。特に、ゆっくりとした速度(約1~10 cm/s)で皮膚をなでる刺激に最も強く反応し、快適な感覚を引き起こすことが知られています。
最近の研究では、C-LTMRの活性化が、マインドフルタッチ(Mindful touch)やスキンシップ、タッチセラピーなどの手法を通じて心理的・生理的な健康に影響を与える可能性が示唆されており、鍼灸施術における、皮膚に軽く触れる動作なども慢性疼痛の軽減に役立つ可能性があります。
末梢性鎮痛
末梢性鎮痛の「末梢」というのは「末端、すえ、はし」という意味で、つまり、体の端や表面などで起こる鎮痛作用のことです。末梢性鎮痛は4つあるので、それぞれみていきます。
1. 軸索反射
軸索反射(Axon Reflex)とは、末梢神経の軸索上(神経細胞の突起の中の長い部分)で起こる反射様現象で、感覚神経が脊髄を経由せずに軸索の側枝を介して興奮を伝え、血管拡張や炎症反応を引き起こすものです。
下の写真を見て下さい、鍼を刺した部分が赤くなっているのがわかると思います。これは、紅潮斑(フレア)と呼ばれているものです。これは軸索反射による生理反応で、鍼を刺した部分の皮膚血管の拡張し、血流が増加して起こる現象です。

1)軸索反射のメカニズム
(1)刺激の受容
- 外部からの機械的刺激(針や熱)、化学物質(カプサイシン)などの侵害刺激が皮膚や組織の侵害受容器(自由神経終末)を刺激する。
- この刺激は主としてC線維により伝達される。
(2)軸索側枝を介した伝播
- 興奮は脊髄後角へ向かう(順行性伝導)が、その途中軸索の側副枝(分岐した軸索)を介して逆行性に別の侵害受容器にも伝播する(逆行性伝導)。
- これにより、興奮した侵害受容器は同じ神経の他の終末部から、カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)やサブスタンスP、血管作動性腸管ペプチド(VIP)などの神経伝達物質を放出する。
(3)神経伝達物質の放出と局所反応
- 放出される主な物質:
- サブスタンスP → 血管透過性を亢進し、炎症を促進する。
- カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP) → 血管を拡張させる。
- 血管作動性腸管ペプチド(VIP)→ 血管を拡張し、血流を増加させる。
- これにより、局所的に以下のような反応が起こる
- 血管拡張(発赤)
- 血管透過性の亢進(浮腫・腫脹)
- 炎症性メディエーター(炎症の開始から終息までの調整を行う因子)の増加
2)軸索反射と鍼灸
軸索反射は神経性炎症とも呼ばれており、侵害刺激によって炎症反応を引き起こしているので、鎮痛作用ではなく逆に痛みが増強するのではないか?と思うのですが、軸索反射は痛みを増強する場合もあれば、状況次第で異なる作用をもたらします。それが鍼灸施術の場合です。
例えば、炎症性の歯の痛みの場合、軸索反射が発痛物質の放出を促進し、痛みを増強することがあります。その結果、炎症が悪化し、浮腫や圧迫により痛みが増します。
しかし、鍼灸による軸索反射は、痛みを軽減する方向に作用する条件が整っているため、歯痛とは異なる反応を示します。
例えば、肩こりのよる痛みがあったとします。肩こりは筋肉の使いすぎや持続的な緊張状態によって、筋肉が硬くなることで起こります。筋肉が硬くなると、血管が収縮し血流が低下します。そして、血行不良のため、筋肉や血管の細胞で酸欠が起こり、微細ながら組織が破壊されます。そうするとブラジキニンやプロスタグランジンなどの発痛物質が蓄積して、痛みやこり感が悪化します。
しかし、鍼灸施術を行うと、軸索反射により血管拡張作用が起こり、慢性的な血流不足の部位に血流を促進し、血流が良くなることで筋肉内の老廃物や発痛物質が除去され、痛みやこりが軽減します。
また、鍼灸刺激によって他の鎮痛作用(ゲートコントロール理論、内因性オピオイドの活性化など)も働き、痛みを軽減すると考えられます。
ですから、軸索反射は痛みを増強させる要因にもなりますが、鍼灸によって適切に利用すると、鎮痛効果を発揮します。
2. 筋肉の弛緩による鎮痛
軸索反射のところで述べたように、筋肉の緊張は筋肉を収縮させ硬くし、血流を低下させ、発痛物質を滞留させます。鍼灸はこのような筋肉の緊張を緩和させることで鎮痛効果をもたらします。
1)α運動神経と筋収縮
(1)α運動神経は脊髄前角から筋に出ており、筋線維(錘外筋)を興奮させて収縮を引き起こす。
(2)中枢からの指令や感覚フィードバック(Ib神経線維など)によって活動が調節される。
2)腱紡錘とIb神経線維の役割(筋の弛緩)
(1)腱紡錘は腱に存在する張力センサーであり、筋の収縮が強すぎると筋を守るために働く。
(2)Ib神経線維が腱紡錘から脊髄へ伝達し、脊髄の介在ニューロンを介してα運動神経を抑制する。(ゴルジ腱反射)これにより、過剰な筋収縮が抑えられ、筋が弛緩する。
3)鍼灸による筋収縮・弛緩の調整
鍼灸は、神経系や筋紡錘・腱紡錘に影響を与え、筋の収縮・弛緩を調整します。
- α運動神経が筋収縮を司るが、腱紡錘(Ib神経線維)が過剰な収縮を抑制し、弛緩を促す。
- 鍼灸は腱紡錘を介してIb神経線維を刺激し、α運動神経を抑制することで筋弛緩を促進する。
- 痛みの軽減や血流改善の効果も併せ持ち、筋のバランスを整える。
筋肉の緊張が緩和し、血管が広がり血流が改善したことで、痛み物質や老廃物が除去され、鎮痛効果がもたらされます。
3. 内因性オピオイド
これまでも「内因性オピオイド」という言葉は何度も出てきましたね。
体内で自然に作られるオピオイド様物質であり、痛みの抑制・ストレス応答・快楽・感情調節などに関与する神経伝達物質の一種です。体内で作られる「天然モルヒネ」と言われており、これらの物質はオピオイド受容体に結合して作用し、痛みの抑制・快楽・ストレス耐性に関与しています。
具体的な物質としてはβ-エンドルフィン、エンケファリン、ダイノルフィンがありました。
鍼灸刺激は、好中球・マクロファージ・単球・T細胞などの免疫細胞を活性化し、内因性オピオイド(エンドルフィン・エンケファリン・ダイノルフィンなど)の分泌を促進することで、鎮痛・抗炎症作用を発揮することがわかっています。
鍼刺激による免疫細胞の活性化
(1) 鍼刺激による局所炎症反応の誘導
- 鍼が皮膚や筋膜に刺入されると、微細な組織損傷や機械的刺激が発生。
- これにより、サイトカイン(免疫細胞の活性化・抑制、炎症の制御、組織修復)やケモカイン(免疫細胞を炎症部位に誘導し、感染防御や組織修復に関与)が放出され、免疫細胞が局所に集まる。
(2)免疫細胞の活性化とオピオイドの産生
- 集まった好中球・単球・マクロファージ・T細胞が内因性オピオイドを分泌する。
- これらのオピオイドが末梢のオピオイド受容体に作用し、痛覚伝達を抑制する。
オピオイド受容体は、内因性オピオイドや外因性オピオイド(モルヒネなど)と結合し、快楽や鎮痛や免疫調節などの作用を引き起こすGタンパク質共役受容体(GPCR)の一種で、神経系、免疫系、消化管などのさまざまな組織に分布していますが、傷口や炎症部位にも存在し、局所的にオピオイドが分泌されると、末梢でも痛みが軽減されることがわかっています。
つまり、鍼灸刺激は末梢の局所でも、内因性オピオイドの分泌を促進し、痛みの抑制や炎症の軽減をもたらしています。
4. アデノシンによる鎮痛効果
ATP(アデノシン三リン酸)は、生物の細胞内に存在するエネルギー分子で、細胞の増殖や筋肉の収縮、光合成、呼吸、発酵などの代謝過程にエネルギーを供給しています。
そのATPが鎮痛とどのように関係しているのかみていきましょう。
1) ATPが関与する鎮痛メカニズム
(1)ATPの放出とアデノシン生成
- 刺鍼により細胞が損傷され、ATPは細胞内から細胞外へ漏出する。
- 漏出したATPは酵素によって速やかに、ATP→アデノシン二リン酸(ADP)→アデノシン一リン酸(AMP)→アデノシンの順で分解される。
- ATP、ADP、アデノシンは血管拡張作用を有し、血管内に存在する各々の受容体に結合することでこれを拡張する。
(2)アデノシンA1受容体を介した鎮痛作用
アデノシン受容体には主に4つあり、それぞれ異なる機能を持っています。これらはA1、A2A、A2B、A3受容体と呼ばれますが、鎮痛に関連するのは主にA1受容体です。
- A1受容体は、アデノシンが結合すると痛みを抑制する作用を発揮する。
- 脊髄後角や末梢神経のオピオイド受容体とも相互作用し、鎮痛効果を増強。
2) 鍼灸とATPの関係
このメカニズムによる鍼の効果を検証した実験について『東洋医学はなぜ効くのか』著者:山本高穂・大野智(講談社)では以下のように書かれてあります。
慢性痛モデルマウスの足三里の経穴に鍼刺激を行い、壊れた筋細胞から漏出するATPやADPなどの濃度を計測しました。その結果、細胞外のアデノシンの濃度が24倍にも上昇し、それに伴って慢性痛の場所に刺激を与えても痛がる反応の度合いが低下したことから、鎮痛効果が確認されたのです。
一方、A1受容体を欠損させたマウスでは、同様の鍼刺激を行っても鎮痛効果が見られませんでした。つまり、鍼による局所的な刺激は、アデノシンとA1受容体を介して鎮痛効果を生み出していることがわかったのです。
鍼灸刺激によってATPが放出され、ATPはアデノシンに変換され、A1受容体を介して侵害受容ニューロンの興奮を抑え鎮痛作用が起こり、自然な鎮痛効果や血流改善が期待できることがわかっています。

いかがでしたか?
新しく知ったこともありましたが、ほとんどのことは鍼灸の学校で習ったものでした。
でも、詳しいメカニズムなどはすっかり忘れていて、今回勉強し直して、改めて鍼灸刺激は身体に多くの作用をもたらすことがわかりました。
みなさんの中で鍼灸施術を受けたことがない人は、是非、受けてみて、痛みや体の変化を感じてみて下さい!
動画
これまでのことを簡潔にまとめた動画があります。こちらも是非、ご視聴ください!!
参考文献
『東洋医学はなぜ効くのか ツボ・鍼灸・漢方薬、西洋医学で見る驚きのメカニズム』(講談社)
『はりきゅう理論』(医道の日本社)